ひとりっ子がひとりっ子育ててます。

小1の壁でワーママ卒業し専業主婦に。一人っ子の育児と日々の暮らしの思いを綴ってます

大人になって、肩書きがない自分がどこかに「所属」することの難しさを知る

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こんにちは、らんまるクロです。

 

今朝、私が愛読している梅つま子さんのブログにこんな記事がありました。

www.tsumako.com

 

つま子さんは、私と同じ「ワーママを続けたかったけど、続けることが出来なかった」系の専業主婦さんです。

つま子さんの記事を読んで、朝から感動してしまいました。

私も、全く同じことを考えていました。

今回は、つま子さんの記事に便乗して、私が思うことについて述べたいと思います。

つま子さんのように上手く文章には出来ませんが、どうか最後まで読んで頂けると嬉しいです。

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肩書きのない自分の「所属」する場所がない

 

先日、高校時代の友人と会った時に、彼女が「楽団に入ろうかな」と言っていました。

彼女は娘の中学受験を終えて、一息ついたところ。そして、彼女は専業主婦ではなくて、ワーママできちんとした会社の正社員として働いています。

 

私たちは、高校時代に吹奏楽部に所属していました。

学生時代の私たちは、今のように、〇〇ちゃんのママとか、〇〇課長、といった肩書きはありませんでした。

自分の名前でちゃんと呼ばれて、ある意味での責任感もなく、みんなが横並びでした。

そして、同じ時間を共有して、同じ話題で盛り上がり、語り合い、密接した時間を過ごしていました。

それぞれの「孤独」はあったとしても、どこかに「所属」している安心感みたいなものは今よりは格段にありました。

 

私たちは大人になり、社会人として、どこかの組織に所属したり、結婚して妻になり、母親になったりして、それぞれの肩書きが出来ていきます。

大人になって、どこかに「所属」することは、自分のある1部についての所属であり、学生時代のような、自分の全てをさらけ出す「所属」とは違います。

大人になると、自分の役割がいくつもできて、完全なる「所属」は難しくなります。

 

そこには、遠慮とか、俗にいう空気を読む的な、「ほどほどな関係」が求められます。

大人なんだから、当たり前といってしまえばそうなのですが、私はそこに虚しさとか寂しさを感じずにはいられません。

 

私の友人は、会社員であり母親であるけれど、そうじゃない自分の居場所が欲しくて「楽団に入ろうかな」と呟いたのかな・・・と思いました。

 

本当はみんな「所属」したがってる?

 

前述したように、大人になると、自分のある1部についての「所属」が求められます。

それは、仕事だったり、ママ友だったり、PTAの役員だったり・・・。

それぞれ役割が違う「所属」なので、深くまでは付き合えない、とみんな心得ているところがあります。

でも、本当にみんな深くまで付き合いたくないと思っているのでしょうか?人付き合いが面倒だと思っているのでしょうか?

私は可能であるなら、「所属する誰か」と深く付き合いたいですし、悩みを語り合ったりしたいです。友人になりたいです。その場限りの付き合いじゃなくて。

 

冒頭の私の友人は、どちらかといえばクールなタイプで友人がたくさんいる方ではありません。

でも、40を目前にして、会社や母親だけじゃない「つながり」を持ちたい。一緒に何かを目指したり、体験したり、語り合ったりする友人とか仲間が欲しいって単純に思ったのじゃないかな、と。

私もそう思います。

自分のことを突然語りだしても、ひかない場所があれば・・・。

 

ないので、こうしてブログでさらけ出しているのですが(笑)

 

 

40歳で人生の折り返し地点。

豊かな人生を過ごすために、どこかにガッツリ「所属」して、肩書のない本来の自分をさらけ出すのも悪くない、そう思うのです。

皆さんはどう思いますか?

 

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